東京高等裁判所 昭和25年(う)2879号 判決
被告人
石川力夫
外一名
主文
本件控訴はいづれもこれを棄却する。
理由
弁護人鹿島寛の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。
(イ) 所謂打撃の錯誤が犯意を阻却しないことは従来の判例の一致した見解であり、所論のように被告人石川力夫が被害者今井に対しては殺人の故意があつたが、その妻女たる被害者照子に対しては殺人の意思はなかつたとしても、被害者今井を狙つたピストルの第一弾が誤つて居合はせた被害者照子に命中し、第二弾第三弾が今井に命中し、同人を即死させ、照子に原撃の貫通銃創を負はせた以上は、今井に対しては殺人既遂罪、照子に対しては所謂打撃の錯誤として殺人未遂罪が成立するのである。従つてこれを所謂具体的符合説によつてこれを過失傷害罪であるとする所論は到底これを採用することができない。この趣旨は原判決の事実摘示第二に被告人石川が、今井方階下六畳間で、所携の拳銃を今井に向け四発発射し、同人並にその妻照子に命中せしめと判示し、法律適用において、刑法第百九十九条、第二百三条、第五十四条一項前段を適用していることによつて明かにされているのであるから、原審には何等の法令適用上の誤もない。よつて所論は理由がない。
第三点(事実誤認)について。
(ロ) 被害者今井が多数の子分を擁して斬込みをかける計画をしていたとしても、所論のように、被告人石川が機先を制して一騎打で勝負をし、今井を斃して自殺する覚悟で原判示第二の犯行に及んだものである以上、原判決認定のように殺人、同未遂罪を構成すること勿論であつて、これを緊急避難であるとする所論は現在の法律秩序に照らし到底是認することを得ないところである。このことはたとえ被害者今井が被告人石川を迎えた際拳銃を所持していてこれを発射しようとしたことがあつたとしても、些かもこの結論を左右されるものではない。従つて所論は失当である。